日産の新型ノートが、意外なほど売れている。
あえて「意外なほど」と書いた理由は後ほど説明するが、今年に入ってからの4カ月間で3万3841台売れた。これは、軽自動車を除く普通車のランキングで第7位。コンパクトカーの分野では、トヨタ ヤリスに次いで第2位になる。
ここで言うコンパクトカーとは、全長4メートル前後で、5ナンバーサイズのハッチバック車を指す。具体的にはトヨタ ヤリスとホンダ フィット、そして日産 ノートが3巨頭だ。
人気のトヨタ ヤリスは狭い、コンパクトカーの王道はやはり日産ノートとホンダ フィットだ
どれも販売台数ナンバー1の座を争った経験を持つベストセラー車だけに、手軽で使いやすくて価格もリーズナブル。この3台が激しい販売競争を繰り広げているので、他のモデルに比べると、価格もそれほど上昇していない。つまりお買い得でもある。
ヤリス、フィット、ノートの中で一番売れているのはトヨタのヤリスだ。自販連の販売統計では、派生車であるヤリスクロスと合算表示されるためダントツだが、ヤリス単独で数えてみても、この3台の中でトップになる。
しかしヤリスは、後席や荷室がかなり狭い。
上質になったがヤリスのインテリアは前席優先だ
広さはフィットと互角、外観同様にインテリアも先進的なデザインのノート
これほどスペースを割り切ったクルマが販売トップに立っているのは、日本人のトヨタへの絶大な信頼ゆえだが、4人(定員は5名)がゆったり座れて荷物もしっかり詰めるコンパクトカーを選ぶなら、ヤリスは除外する必要がある。つまり日産 ノートとホンダ フィットの争いになるのだ。
全車ハイブリッドで自慢の先進装備を付けると300万円超え!それでもノートはなぜ売れるのか
フィットは、ハイブリッドとガソリン車が選べる。ガソリン車は燃費では劣るが、価格はハイブリッドより35万円ほど安い。具体的には、売れ筋の「HOME」グレードでガソリン車は176万7700円だが、ハイブリッドは211万7500円になる。
一方の日産 ノートは、昨年登場の新型から、e-POWERと呼ばれるハイブリッドモデルのみに統一された。価格は中間グレードの「S」で202万9500円と、フィットハイブリッドとほぼイーブン。安価なガソリン車の設定がないのは、販売台数を稼ぐ上では不利だが、それでもノートはフィットを上回る売れ行きを見せている。
実はもうひとつ、ノートには不利なはずの材料がある。多くの先進装備が標準装備ではなく「オプション設定」なのである。
例えば、先進運転支援技術の「プロパイロット(ナビリンク機能付き)」は、以下の計44万2000円になる装備とセットでないと装着することができない。
●インテリジェントアラウンドビューモニター(移動物検知機能付)
●インテリジェントルームミラー
●ステアリングスイッチ
●USB電源ソケット
●ワイヤレス充電器
●NissanConnectナビゲーションシステム(地デジ内蔵)
●NissanConnect専用車載通信ユニット
●ETC2.0ユニット
●プロパイロット緊急停止支援システム
●インテリジェント後側方衝突防止支援システム
●後側方車両検知警報
●後退時車両検知警報
しかもこれ、218万6800円の最上級グレード「X」でしか選ぶことができない。つまり合計262万8800円だ。さらに欲しいオプションを加え、税金などの諸費用が乗っかれば、支払総額は300万円を軽く超えてしまう。
一方のフィットは全車「ホンダセンシング」が標準装備。先進度ではプロパイロット付きのノートより多少劣るが、実用上、それほど大きな差はない。
つまり新型ノートは、ほぼ同じ装備を付けた状態で、40万円ほどフィットハイブリッドより値段が高い。それなのになぜ、新型ノートはフィットより売れているのか?
大きく立派で押し出しが強く見えるノート
あくまで推測だが、新型ノートは、フィットより格上の印象を与えるから――ではないだろうか。
両者はサイズも室内の広さもほぼ同じだが、パッと見、ノートのほうが明らかに立派で大きく見える。それゆえフィットハイブリッドが諸経費込みで250万円、ノートが同300万円としても、印象としては、ノートはそれほど割高には感じない。
ノートのほうが「格上」に見える最大の要因は、デザインにある。
フィットは柴犬をイメージした愛らしいデザインで非常に親しみやすいが、いかにもコンパクトカーという雰囲気で、押し出しが弱い。小動物系なのだから当然だが。
一方のノートは、デザイン的な特徴は特にないけれど、今どきの先進的なイメージで、決してカッコ悪くはないし、それなりの押し出しもある。つまりほとんどの人が「まあいいか」と納得するルックスを持っているのだ。
フィットとノートそれぞれで、どこかに乗り付けるシーンを思い浮かべてみれば、明らかにノートのほうが「高そうなクルマに乗っている人」に見られそうな気がする。
近年は、アオリ運転問題なども大きくクローズアップされている。かつて女性は見た目のかわいいクルマを好んだが、ナメられたら怖い目に遭うからと、最近は女性のほうがいかついデザインを好む傾向になっている。こういった要因によって、ノートは意外な好調を維持しているのではないだろうか。
ライバルよりも電気自動車に近いフィーリング、強めの回生ブレーキがポイント
では、日産 ノートの走りはどうだろう。
e-POWERと名付けられたハイブリッドシステムは、エンジンを発電機として使い、その電気でモーターを回して走るというもの。トヨタやホンダのハイブリッドシステムが、エンジンとモーター両方を並行してタイヤを駆動するのに比べると、ノートはより電気自動車に近いフィーリングだ。
このためノートは、アクセルを離すだけで、かなり強力なブレーキをかけることが可能だ。これを「回生ブレーキ」という。鉄道マニアなら先刻承知のことでしょうが、電力(クルマの場合はガソリン)の節約のため、電車では当たり前のシステムである。
トヨタやホンダのハイブリッドシステムも回生ブレーキは使っているが、e-POWERのように強力ではなく、ごく自然なフィーリングにとどめている。日産がe-POWERで強力な回生ブレーキを導入できたのは、電気自動車「リーフ」での技術的経験が生きているのだ。
この強めの回生ブレーキが、ノート最大の特徴だ。アクセルを踏んだり離したりするだけで街中をキビキビ走ることができて、運転が楽しく感じる。
ただしアクセルだけで停止まですることはできず、最後はブレーキを踏む必要がある。
先代のノートe-POWERは、この回生ブレーキを使って、アクセルを離すだけで停止することもできた。ブレーキを踏まなくても止まれる「ワンペダルドライブ」の新鮮さが受けて、それまで地味な存在だったノートは、一躍販売台数ナンバー1にまで登りつめた。
一方新型ノートは、最後はブレーキを踏むように設定が変更されたので、先代モデルよりは普通になったが、それでもアクセルを戻すだけでグイッと減速する運転感覚は新鮮。出足の加速も電気自動車のそれのように強力なので、従来のハイブリッドに比べると、より「新しい乗り物」だと感じることができる。
なお、この回生ブレーキに違和感がある場合は、スイッチ操作ひとつで、アクセルを戻した時の減速感を弱くし、ごく普通のクルマのように変更することもできる。
室内は静かで快適だ。先代ノートe-POWERは、アクセルを深く踏むとエンジンが安っぽい唸りを上げて発電したが、新型はその唸り音が大幅に小さくなって、ほとんど電気自動車に近づいている。
乗り心地はふんわりソフトで快適そのもの。後席はクラウンなどの高級セダン以上に広く、ゆったりしている。総合的に見て、「これ以上のクルマは必要ない!」と思うことだってできる。
正気に戻れば総額300万円は超えない?
しかも、もしあなたが、プロパイロットは必要ないというなら、44万2000円のオプションを省くことができる。
プロパイロット最大のメリットは、アダプティブ・クルーズ・コントロール(前車追従型クルーズコントロール)が使えることだ。
これは、前車の速度に合わせて自動的に加速・減速を行ってくれるというシステムで、長距離ドライブの際、疲労を大幅に軽減することができる。つまりアクセルとブレーキの「半自動運転」であり、個人的にはものすごく重宝している。
だが、実際に使っているドライバーは決して多くない。
特に女性ドライバーは、アクセルとブレーキをクルマまかせにすることに、強い恐怖を感じるようだ。それで事故があっても責任はドライバーにあると聞けばなおさらだ。
プロパイロットを省いても、いわゆる自動ブレーキ(インテリジェント・エマージェンシー・ブレーキ)は全車標準装備。踏み間違い防止アシストも付いてくる。
つまり、202万円の「S」に廉価版の純正ナビやETCを付ければ、頻繁に長距離ドライブをしない限り、十分と言えば十分。これなら、オプションや諸経費込みで総額250万円くらいに収めることができる。カーナビもスマホでいいと割り切れば、さらに10万円くらい安くなる。
とは言いながら、新車を買うとなると、ついあれもこれもと欲張りになり、なんだかんだで総額300万円になるのがお決まりのコースである。
ところがこれがリースなら、ガラッと気分は変わって、それほど必要ない装備はスッパリあきらめられる気がする。
なにせ、オプション装備がすべて月額料金に上乗せされるのだから。たとえばノートの場合、プロパイロットを付けると、5年契約で月額8470円の追加(オリックスリースの場合)になる。そう聞くと、「これはいらない!」と正気に戻れるんじゃないだろうか。
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執筆者
MJブロンディ(清水草一) - 1962年東京生まれ。慶大法卒。編集者を経てフリーライター。代表作『そのフェラーリください!』をはじめとするお笑いフェラーリ文学のほか、『首都高はなぜ渋滞するのか!?』などの著作で道路交通ジャーナリストとして活動。
- <公開日>2021年7月1日
- <更新日>2021年11月12日