ホンダN-BOXは日本で一番売れている車だ。N-BOXが軽乗用車販売台数ナンバー1の座についたのは、初代が登場した翌年の2012年度からで、2014年度を除いて昨年までずっと1位を維持し、登録車(普通車)も含めたすべてのモデルの販売ランキングでも、何度も1位に輝いている。
以前は約30年間にわたってトヨタ カローラが日本一売れる車だったが、2009年にそれがトヨタ プリウスになった。つい数年前までプリウスは日本の国民車で、どこへ行ってもプリウスだらけだったが、現在その地位はN-BOXにとって代わられている。
N-BOXのデザインはシンプルな箱型だ。そのせいで風景に溶け込んでいるが、意識して見ると実はものすごい台数が走っている。
先日取材で久しぶりにN-BOXに乗り、高速道路のPAに入った。トイレを済ませて戻ったら、自分が乗ってきたN-BOXがどれなのか、わからなくなっていた。私が停めた周囲約20台中、4台がN-BOXで、しかもそのうち3台が、自分と同じボディカラー(薄いブルー)だったのだ。まさかニッポンがこれほどN-BOXだらけになっていたとは!
こちらが現行型ホンダ N-BOX。向かって左が標準モデルで、右はN-BOXカスタム
N-BOXは「いい車」だが、出来の良さはライバルとおおむね同じ
とにかくホンダ N-BOXは売れている。「これだけ売れているんだから、いいクルマなんだろう」という安心感も生まれて、さらに売れ行きに拍車がかかる。もはやN-BOXは無敵である。
ところで、N-BOXはそれほどいい車なのだろうか?
クルマのプロとして答えると「もちろんいい車だけれど、同カテゴリーのライバルに対して突出していいというわけではない」ということになる。
N-BOXのライバルは、同じ軽スーパーハイトワゴン(かなり背が高い軽自動車)の、タント(ダイハツ)、スペーシア(スズキ)、ルークス(日産)だ。N-BOXは、これらをかなり引き離して販売トップを独走しているが、車の出来も独走かというと、決してそうではない。私見であるがその差はものすごく小さい。
販売台数的にはトップを独走しているN-BOXだが、「車の出来」に関しては、2位以下との差はきわめて小さいという
同業のプロの中には、「やっぱりN-BOXの出来は一頭地抜けてる」と評価する者もいるが、私に言わせれば、それは間違っている(断言)。一般ユーザーはまず気づかないクルマの細かい仕上がりを、重箱の隅をつつくように評価した末、「ほんのわずかの差でN-BOXがトップ」と言うならわかるが、断じて大きな差はない。
その証拠に……というわけではないが、私は今年、N-BOXのライバルであるダイハツ タントを買った。最大の決め手はコーナリング性能だった。カーブを曲がる時のハンドルの反応の良さや安定感は、このクラスでタントが一番だ。これだけ重心が高いカタチをしているのに、ちょっと感動的ですらある。
ただ、軽スーパーハイトワゴンを選ぶ際にコーナリング性能を重視する人はまずいない。年間数十万台の軽スーパーハイトワゴンが売れているが、コーナリング性能で選んだのは、私ひとりのような気さえする。
だから私はユーザーに対して、「N-BOXよりタントのほうが優れてます!」と言うつもりはない。ただ、コーナリング性能に関してはタントのほうが上、とだけ断言する。
細かな機構や装備ではなく、このボディ形状そのものが便利なのだ
ではホンダN-BOXが優れているのは何か。私の感想としては、CVT(無段変速オートマチック)の制御の洗練度や走行時の静粛性がもたらす上質感、それとホンダ独自のセンタータンクレイアウト(燃料タンクを前席床下に置いた設計)によって、後席をチップアップ(跳ね上げ)し、植木など背の高い荷物を積めること。この3点かなぁ、というところだ。
しかし改めて思うが、どれも重箱の隅をつついたような部分ばかりで、「だから断然N-BOXがイイ!」とはとても言えない。
CVTの制御の洗練や静粛性は、同時に乗り比べてようやくわかる程度のものだ。後席チップアップ機能は、他社の軽ハイトワゴンには付いていないから一目瞭然だが、それがものすごく便利かというとそれほどでもなく、一度も使わないユーザーも多いだろう。
後席の座面をはね上げると(チップアップすると)、観葉植物などの背が高い荷物も積める空間が出現する
逆に、私が買ったダイハツ タントのウリは、ボディ左側にピラー(柱)がなく、乗り降りがラクというものだ。ダイハツはこれを「ミラクルオープンドア」と呼んでいるが、それほど便利だとは思えないし、個人的にはまったくどうでもいい要素だ。子育てファミリーならひょっとして「便利!」と感じるかもしれないなぁ、程度である。
実際、このミラクルオープンドア、それほどのウリにはなっていない。それよりも、軽スーパーハイトワゴンというボディ形状そのものの便利さが、圧倒的なのだ。
タントに限らず軽スーパーハイトワゴンは、普段使いすると本当に便利だ。近所の買い物や家族の送り迎えはもちろんのこと、ちょっと遠出するにもまったく痛痒はない。つまり、これ1台あれば万能。まだタントでそんなに遠くまで走ったことはないが、たぶん東京-大阪間を往復しても、「軽だから疲れた~」みたいなことはないだろう。むしろ、速く走ろうという気持ちが抑えられる分、「安楽だった~」と感じる気さえする。
ただそれは、タントもN-BOXも、そしてスペーシアもルークスもほぼ同じ。差はミクロでしかない。
細かな部分でいろいろな違いはある各社の軽スーパーハイトワゴンだが、俯瞰して見るならば「誤差の範囲」でしかないのかも。写真はホンダ N-BOX
N-BOXが売れてる理由は「デザイン」と「雰囲気」だった?
ではいったいナゼ、N-BOXがダントツに売れているのか?
安いから? それは違う。N-BOXの価格はライバルに比べてむしろ若干高い。
普通に走る限り、走行性能はほとんど同じ。居住性も使い勝手も実質的にはほぼ同じだ。
つまり、軽スーパーハイトワゴンを選ぶ際、プロとしてのアドバイスは、「どれを買っても間違いはないです。好みで選んでください!」に尽きる。
では、好みの決め手はなにか?
それはやっぱり「見た目」だろう。ボディやインテリア(ダッシュボードやシート)のデザインである。
その点に関してN-BOXは、ライバルを圧倒しているかというと、そういうわけでもないが、パッと見た時の第一印象はN-BOXが一番落ち着いていて、知的なイメージがあるかなぁ、とは思う。
グレードによって細かな違いはあるが、ホンダ N-BOXの運転席まわりはおおむねこのようなデザイン。確かに「無難にセンスが良い」というニュアンスでうまくまとまっている
キャビン全体はこのような雰囲気。後席は前述した「チップアップ機構」のほか、背もたれを前に倒すワンアクションでシートが足元に収納する「ダイブダウン機構」も備わっている
一方のタントは、N-BOXに比べるとボディ前部の角の丸みが強く、ちょっと子供っぽく見える。スズキ スペーシアも同様で、こちらは少々オモチャっぽく見える。日産 ルークスは直線基調のカッコイイ系だが、少し「頑張ってる感」がある。
総合すると、パッと見た時の印象として、ホンダ N-BOXが一番無難で万人向けで、それでいてちょっと知的だ。このあたりが一番売れているカギだろうか?
無難で知的なので、世の中がN-BOXだらけになっても鬱陶しさはまったくない。どれだけ駐車場にたくさん並んでいても、なんとも思わない。本棚に文庫本がきれいに並んでいるようなものだ。
これが他の軽スーパーハイトワゴンだと、お菓子の箱がいっぱい並んでいるように感じるかもしれない。とりあえず現状、文庫本はお菓子に勝っている。
セカンドカーとして使うならノンターボ、これ1台で暮らすならターボ付きがおすすめ
というわけで、まったく何のアドバイスにもなっていないが、日本一売れているN-BOXは、買って間違いのないクルマだ。
ではどのグレードを選ぶべきか。
そこも完全に個人的な好みだが、私ならノンターボである「G」のFFに、ディスプレイオーディオ等、最低限のオプションを付けるだけにする。セカンドカーなのでそれで十分だ。我が家のタントはそんな感じである。
「他にメインカーがある場合はFFのノンターボで十分」とMJブロンディ氏は言う。写真はノンターボの中間グレードである「L」
ただ、仮に一家にこれ1台だけならばターボ付きを選ぶ。ターボ付きは10万円強値段が高いが、高速道路の走りにぐっと余裕が出る。
実際の売れ行きはノンターボが8割以上を占めていて、大部分の人はそれで満足している。軽スーパーハイトワゴンは結構値段が高く(特にターボ付きは高い)、いろいろな装備を付けると、すぐに総額200万円を超えてしまう。
とはいえベーシックなグレードでも装備は十分充実してるので、「足るを知る」の精神で臨みたいところだ。
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執筆者
MJブロンディ(清水草一) - 1962年東京生まれ。慶大法卒。編集者を経てフリーライター。代表作『そのフェラーリください!』をはじめとするお笑いフェラーリ文学のほか、『首都高はなぜ渋滞するのか!?』などの著作で道路交通ジャーナリストとして活動。
- <公開日>2022年7月21日
- <更新日>2022年7月21日