トヨタ ヤリスが登場して、すでに3年の月日が経ったが、相変わらず販売は好調だ。
その内実は、販売のちょうど半分を派生車の「ヤリス クロス」(SUV)が占めており、コンパクトカーの「ヤリス」単独だと日産ノート/ノートオーラ軍団に負けているのだが、ヤリスの凄いところは、コンパクトカーの本場であるヨーロッパでも高い評価を受け、売れ行きが好調であることだ。なにしろ欧州カー・オブ・ザ・イヤーを受賞してしまったのだから凄い。映画で言えばアカデミー賞受賞作みたいなものである。
走りと燃費は素晴らしいものの顔はいまひとつに思っていたが……
だが個人的には、ヤリスの第一印象は良くなかった。まず、フロントフェイスがいまひとつに感じた。インテリアはあまりにもありきたりで、ファミリーカーとして使うには、後席足元はあまりにも狭かった。
その代わり、TNGA(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー)を採用した車体骨格は、ヤリスの前身にあたるヴィッツとは比べ物にならないほどしっかりしており、走りの質感はまったくの別物。
新たに3気筒化された1.5Lハイブリッドシステムは、40kgも軽くなったボディと相まって痛快に加速し、カタログ燃費は35.8km/L(WLTCモード)という驚異の領域に達している。夜の首都高で軽く燃費アタック(なるべく低燃費で走るテスト)をしたところ、39km/Lという数字が出たほどである。1Lで39kmも走れば、ガソリン代は「ほとんどタダ」と言っても過言ではない(決してタダではありませんが)。
しかし前述のように、ヤリスには大きな弱点もある。顔がいまひとつで、インテリアはありきたり、室内も狭いのだ。ヤリスは決してファミリーカーには向かない。ただ、走りの実力は猛烈に高く、ある意味レーシングカーに近い。レースはレースでも燃費のレースだが、なんにせよレースで戦うためにはハンパな性能では不可能。ヤリスは非常に尖がった、マニアックなクルマなのである。
ところが、ヤリスの販売が始まって2カ月後には、早くも普通車(軽を除く登録車)販売台数のナンバー1に躍り出た。当時はまだヤリスクロスはなかったので、ヤリスの独力での1位だった。まさかあんなに顔がいまひとつで、インテリアがありきたりで、後席足元が狭くて、性能的に尖ったマニアックなクルマが販売台数ナンバー1になるなんて信じられない! 私は自分の固定観念がガラガラと崩壊するのを感じた。
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私の価値観がズレていたというのもあるが、世間一般の価値観も変化した
いったいなぜ、ヤリスはこれほど売れているのだろう。
まず顔のデザインについてだが、いまひとつと感じたのは私だけのようで、世間には問題なく受け入れられている。自動車デザインの本場であるヨーロッパでも、カー・オブ・ザ・イヤーを獲ってしまったくらいだから、むしろ優れたデザインなのだろう。個人的にはいまだに理解できない部分があるが、世の価値観は常に変化する。私の頭が固くて、その変化についていけなかっただけのようだ。面目ない。
インテリアの平凡さについては、私は「コンビニ弁当の容器のようだ」とすら形容してきたが、これまた世の中的にはコンビニ弁当の容器でまったく問題なかったようだ。逆に、癒し感満点の和風のインテリアが光るホンダ フィットは、販売台数の低迷に喘ぎ続けている。これまた私の価値観と世間一般の価値観のズレであるらしい。申し訳ない。
後席足元の狭さについては、世間の価値観の変化が大きいだろう。もはや1台のクルマに多人数で乗るシーンなどめったにない。「ファミリー」と言ってもせいぜい3名なのだから。実際には、ファミリー層はマイカーにミニバンを選ぶケースが多いわけだが、世の中、非婚化も進んでいる。室内の広さは、実はそれほど必要ではないのである。そのことに世間一般が気付いたのだろうか? そうだろう、そうに違いない。そう理解するしかない。
初代フィットは、コンパクトカークラス随一の広々とした室内で大ヒットをかましたが、あれから20年余の月日が流れている。世間一般の価値観が変化するのも、当然と言えば当然だろう。
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顔つきと後席の狭さに問題を感じないなら“買い”の一台だ!
とまぁこのように、私がヤリスの弱点とみなした3点は、販売現場ではまったく問題にはならなかった。では、ヤリスの美点である走りはどうなのか。
驚くほど燃費がいいのは前述のとおりだが、新しい1.5L3気筒ハイブリッドシステムは、旧ヴィッツの1.5L4気筒ハイブリッドシステムと比べると、エンジンも駆動用モーターも3割ほどパワーアップしている。4気筒から3気筒になったわけだから、フィーリングが安っぽくなったのかと思ったらまったく逆で、パワフルなだけでなく、フィーリングも断然心地いい。
その一方で、車重は約40kg軽くなっている。おかげでヤリスハイブリッドは、たとえば首都高のようなカーブが連続する道でも、飛ぶように走ってくれる。アクセルを少し踏み込んだぐらいでも反応が鋭いので、混雑した一般道でも楽しく走れてしまう。
足まわりはかなり硬めでスポーティだ。基本的に小さくて軽いクルマだから、乗り心地に高級感はないが、首都高の継ぎ目で「ズン!」と突き上げがきても、ボディ骨格がしっかりしているせいで、ショックが微妙に気持ちよかったりする。軽量ボディには遮音材もあまり入っておらず、走行中は結構音がうるさいが、それもまた「走ってる感」を高めてくれる。
旧ヴィッツの走りは何もかもが退屈だったが、ヤリスはすべてをポジティブに捉えることができる。ここまで落差を感じるのは筆者がカーマニアゆえではあるが、とにかくヤリスは、クルマのプロから見て「突出した美点を持つ、ものすごくいいクルマ」なのである。
顔やインテリアや後席足元の広さが問題ないと感じれば、ヤリスハイブリッドは、お手頃価格ですごい性能を手に入れられる、超お買い得商品だ。
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執筆者
MJブロンディ(清水草一) - 1962年東京生まれ。慶大法卒。編集者を経てフリーライター。代表作『そのフェラーリください!』をはじめとするお笑いフェラーリ文学のほか、『首都高はなぜ渋滞するのか!?』などの著作で道路交通ジャーナリストとして活動。
- <公開日>2023年4月5日
- <更新日>2023年4月5日